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祖父の日記。

 

平成30年6月7日。

 

愛に包まれた一日を過ごせました。

 

みなさん、本当にありがとうございます。

 

また歳を一つ重ねて、気持ちも更に強くして前へ進んでいきますっ!

 

 

そんな今日は、僕が愛する家族の話を少し、、、

 

実家で一緒に暮らしていた、大好きな大好きなじーちゃんとばーちゃん。

亡くなってもう随分経つけど、まだ色々とモノが残っていて。

先日、片付けをしていた母の手伝いを。

 

祖母の着物や家計簿。

祖父のメガネに背広や服一式。

 

そんな中、

"家系図"と一緒に、大学ノートに書き溜めていた祖父の日記を見つけました。

映画みたいなお話。笑

 


 

家族を何より大事にしていた祖父。

 

自分のことより、

家族のみんなが今日は何をしているか、

何をしていたかってことばかり書いてある。

ほんと、そればっかり。

ずるいわ、こんなん。笑

てか、日記って言わんやろ、これ。笑

 

ほぼ毎日出てくる自分の名前を見ては、

それを書いてくれている姿のじーちゃんが浮かびました。

 

家族をどこまでも愛してくれていた祖父母は僕の誇りです。

 

歌う僕を何よりも応援してくれた。

 

幼少期。

週末に民謡の舞台から帰ってくると、

真っ先に祖父母がいる居間へ行って、

「今日は僕こんなの歌ったんやで!」って報告しました。

 

「良した、良した」と言いながら頭を撫でてくれる祖父が、

傍で笑ってる祖母が、大好きでした。

 

いつからか、図体と気持ちだけはでっかくなって、

僕は子供のような大人になり、祖父母に冷たく当たる時も多くなってしまいました。

気を遣ってくれた一言にムッとして強い言葉を返したり。

何度も話してくれる想い出話を鬱陶しがったり。

理由もなく嫌ったふりをしてみたり。

本当は大好きなくせにね。笑

 

想いは生きてる間しか、直接伝えられない。

 

祖父のお洒落な服装、

盆栽をいじったり、自転車のパンクを直してくれる姿、

腰の曲がった祖母、

共働きの母の代わりに家のことを色々としてくれる姿、

毎日のように開催されていた祖父母の口喧嘩も、

たまに父や母とのタッグで開催されていたvs祖父母とのやり合いも、

心が温まる優しい言葉も。

もう記憶の中にしかないんです。

そして、少しずつ薄れていく。

 

毎日当たり前のようにある風景は、

決して当たり前じゃなく何よりも特別なものだなんて、気づけませんでした。

 

「ありがとう」という一言が何だか恥ずかしくて、

照れ隠しのように家族みんなに反抗していた時期に祖父はいなくなり、

上京して家族みんなの"ありがたみ"がようやくわかり出した頃に祖母はいなくなりました。

だから、伝えられなかった想いが山ほどあります。

 

いま思えば、

僕の歌人生の原点にある想いの一つは、

「家族に褒められたかったから」

なのかもしれません。

三男坊ですから、甘えたなんですね、きっと。笑

 

そんな僕も大人になり、また今日一つ歳を重ねました。

 

祖父母が何よりも大事にしてきた家族。

祖父母亡き今も、溢れんばかりの愛情で包んでくれる家族。

僕の最高の自慢である家族みんなの"誇り"となれるように、

どこまでも進んでいく覚悟です。

 

そして、

その家族が教えてくれた愛情を僕は歌に乗せて、

支えてくれる、応援してくれる皆さんに届け続けたいと思います。

 

僕の歌で、音楽で、ライブで、言葉で、

笑いたい時は大笑いしてください。

泣きたい時はいっぱい泣いてください。

怒っている時、もやもやしている時は全部吐き出してください。

悲しい時、不安な時は寄り添わせてください。

 

木島ユタカの音楽が皆さんにとって、

いつ何どきでも気兼ねなくいられる"家族"のような存在でありますように。

 

そのために、

僕は僕とひたすら真摯に向き合い続け、楽しみ続け、走り続けます。

 

"いま"という時代に出逢えた皆さんに、

伝えたい想いを伝え続けていきます。

決して後悔しないように。

 

これからも一緒に、色んな景色を見ていきましょう。

 

きじ

木島ユタカ * Diary * 20:00 * comments(2) * trackbacks(0)
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